シエラエッセイ集

01. エボラ初期を振り返って

2015年11月7日、シエラレオネは、ようやくエボラフリーの日を迎えることができた。
長かった。本当に長かった。
一時は、もうこのままシエラレオネはエボラとともに歩んでいくことになるのではないかと、本気で思っていた。
今も、もしかしたら政府が隠しているだけで、ちらほらと患者が存在しているのかもしれないと、密かに疑っている。
とはいえ、非常事態宣言は、正式に解かれたのである。

エボラ終焉を迎えた今、改めて、エボラがこの国で広がった当初の個人的な思い出について振り返ってみたい。
ギニアで、「エボラ」という感染症が出始めたらしいというニュースはわりとすぐにシエラレオネでも広がった。
ギニアとシエラレオネの国境近辺ではお互いの国々を行ったり来たりしているので、
おそらく、シエラレオネにもすぐにエボラは入ってくるだろうという予想も、みんな当たり前のようにしていた。
事実、次の月にはシエラレオネでも感染者が出たそうなのだが、どうやら政府が隠していたとかなんとか。
私はフリータウンに住んでおり、エボラの感染が一番拡大した地域には一度も行ったことがないから、
そこでの様子はよく分からないが、少なくとも、フリータウンでは、エボラはまだまだ他人事という空気が流れていた。
その空気を一変させたのが、大統領による非常事態宣言である。

非常事態宣言が出されたその日だったか、その翌日だったか忘れたが、
夜中の3時に、わが家に、同居人のLの従妹がドンドンとドアをたたき、私たちを起こしに来た。
シエラレオネに住んでいると、こういうことは特に珍しいことではない。
私はまた、どうせ、Lの家族が暴力事件でも起こしたのだろうと思い、そのまま気にせずに寝ることにした。
その1時間後、私は再び眠りから覚めることになった。
隣の部屋から、Lが、しきりに何かを呟いている声が聞こえてきたのである。
ベッドから降りて、隣の部屋に行ってみると、
真っ裸になったLが、バシャバシャと水浴びをしている姿が目に入り、一気に目が覚めた。
「は?何これ?何してるの?」
と聞いてみたが、Lは私を無視した。
水浴びをしながら、しきりに、「自分たち家族の身にいかなる悲劇もおきませんように!
全能なるジーザスクライストの名のもとに!全能なるジーザスクライストの名のもとに!全能なるジーザスクライストの名のもとに!」
と必死の形相で祈りを捧げていた。
しばらく呆然と見ながらも、一体なにがLをここまでの奇行に走らせたのかが本当に気になり、
しつこく問い詰めたら、ようやく私の方を向いて、「エボラが自分たちの身に降りかからないように、
このエリア一帯の住人みんなで神に祈りを捧げることに決まった」と言う。
かぶっていたのは水ではなく、体を清めるための塩水だったらしい。
本当にびっくりした。
つい昨日まで他人事で笑いの種にまでしていたというのに、この突然の変わりよう。
ばかばかしくなって、私は寝ようとしたら、「ほら、お前もこれから体を清めて神に祈りを捧げろ」と
とんでもないことを言ってきた。
当然、嫌だと断ったのだが、Lはすかさず寝ている赤ん坊のLちゃんを裸にして、
塩水で洗い始めた。Lちゃんはあまりにびっくりして大泣きしたが、Lは気にせず、
再び、ジーザスジーザスと言い始めた。なんだこいつ!っていうかお前ムスリムだろ!
腹が立って仕方がなかったが、ここまで本気になったLを説得することはもはや不可能なことを私は知っている。
家の外に出てみると、本当にみんなが起きていて、お湯を沸かす姿が見え、体を洗う水の音が聞こえてくる。
私は、しぶしぶ、体をさっと洗った。ぬるい塩水だった。Lもお湯を沸かして入れたらしい。
髪の毛を洗わずに着替えて部屋に戻ったら、「おい!髪の毛もしっかり洗ってこい!」と言われた。
殴ってやりたい気持ちを必死に抑えて、髪の毛を濡らしに戻った。
Lへの怒りが先行して、とてもお祈りどころじゃなかったが、Lの真剣な顔は私に文句を言わせなかった。
Lちゃんの体をしっかりとふいて、ベッドに戻って私はLちゃんと一緒に寝ることにした。
当時、すでに、風邪をひいて病院に行ったら、たまたまエボラ患者と接触し、感染して帰ってきたという事件が、
起きていたので、絶対に風邪をひかせたくないと思っていたところに、この奇行である。
Lちゃんの寝顔を見ながら、「これでLちゃんがひどい風邪をひくことになったら、Lのことは一生許さない」と心に誓って眠った。

私には、シエラレオネ人のことが本当に理解できない。
といっても、エボラのことで体を清めて住民一体になって個々に祈りを捧げるという行動が理解できないといっているわけではない。
ここまでのことをやっておきながら、少し時間がたつと、
「エボラなんて政府の嘘っぱちで、存在しない」と彼らは平気で言ってのけるのである。
Lもその一人である。「エボラなんて政府が金欲しさにやってるゲームにすぎない」と彼は何度も私に言った。
なんなんだこいつら。
真っ裸でジーザスの名を叫び続けるLの姿を思い浮べてみる。
ジーザスも、こういう輩にはいっそ罰を与えてやった方がいいのではないだろうか。
というか、その前にアラーがそのうち怒ってくるのではないだろうか。



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